- ジャンル:
- まんがかんそうぶん
- シリーズ:
- ざっしかんそうぶん, 雑誌感想アーカイブス
- 種類:
- 読みもの
- 最終更新:
- 2006年10月10日 18時08分
- シリアル:
- 2000-11-12-01
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おおっ、本当だ。本当に大阪のプリーツだけ逆向きだ。…おっとすみません。今回はアフタヌーンシーズン秋増刊のお話です。ややネタばれ有りにつき注意。
熊倉隆敏のもっけは、お爺ちゃんが出張ってきてお話が安定しすぎているように思いました。街で変なモノを見掛ける→すぐにお爺ちゃんに相談、という流れだと、お爺ちゃんが安全弁になってしまうんです。静流姉ちゃんは安心してしまうんです。それでは駄目なんです。相談できる人がいるなんてもってのほかです。もっと静流姉ちゃんを追い込んで悩ませて悶々とさせてピンチに追い込んでイジメ抜かなければなりません。読者はそれが見たいんです。脇役丸出しの顔をしたどこかの馬の骨の悩みなんかどうでもいいんです。そんでもってお姉ちゃんのストレスが最高潮に達したところでぽーんと祝祭的に救いが差し出される。もっけはそういうお話なんです。(←勝手に決めてるし) 前回はそれができていたのに。
まんがで怪異を語るというのは、まず第一に怪異を絵で描く事でなければなりません。それが駄目なら演出で見せる。言葉での説明なんてやってはいけません。言葉でやっていいのは謎解きだけ。いろいろな蘊蓄が作者の頭の中にあるのは全然かまいませんが、それを読者に向けて語る必要は無いはずです。それをやったら博識をひけらかす辞書マンガと一緒になってしまう。アフタヌーンシーズン増刊では例えば駒井悠は紛うこと無き辞書マンガだし、今回は林実日子やももせたまみも辞書マンガっぽい。そんな漫画もういらねぇ〜。生活に役立つ雑学が欲しかったら、アフタヌーンなんか読まずにお婆ちゃんの知恵袋か小学館の学習まんがでも読んでるってばさ。
大体あのお爺ちゃんは術者として弱点が無さ過ぎる。やっぱり異世界との交流を持つシャーマンというのは気の惑うお年頃の婦女子でなくてはなりません。男はいらん。受験生の男も要らない。お話の焦点を「見える」人である静流姉ちゃんに絞らなきゃ駄目です。怪異ということ、怪異が「見える」ということを静流姉ちゃんの問題として還元しなければなりません。静流姉ちゃんをもっとイジメろというのはそういうことです。
「見える」人であるということは必然的に傍観者にならなきゃいけないということです。そして傍観者であるということは自分の無力さに自覚的でなくてはならないということなのです。例えば博内和代の環外視点の男や篠房六郎の空談師のキャラクタ達のように。そういう視座を獲得して初めて、静流姉ちゃんや瑞生は時代の象徴たる魅力あるキャラクタになり得るのです。だから受験生の男は「転んで」酷い目に会っちゃうか、でなければ静流姉ちゃんとは全然関係のないところで救われちゃえばそれで良いんです。関係者の爺ちゃんはでしゃばって来ちゃいけねぇ。アンタは茄子もぎってるだけの役でいいんだ。
その他の作品では漆原友紀の蟲師はコンスタントにグレードが高く、四季賞の石黒正和も小粒だけどそんなに悪くない。ギャグでは烏屋さと志の面白さは本物じゃないかと思い始めてるんですがどうでしょう。漆原友紀は11月22日に単行本が出るようです。次号は田丸浩史と遠藤裕輝が再登場。…ん? 次はSpring増刊になるの? Winterはどこへ?
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