YOUNGKING OURS2007年4月号掲載。巻頭カラー6Pとモノクロ30Pの二本立て。路線電車は、路線電車の運転手と、スケッチブックを持って旅をする不思議な少女の出会いが描かれるお話。CROQUI'Sでは、少女が旅に出た理由とその顛末が明かされます。
路面電車は、日常に疲れた青年が、ふとしたきっかけで新鮮な視線を取り戻す掌篇。まあよくあるお話なんだけど、スケッチする少女が無言で前方を指さす冒頭部の流れが抜群だと思う。冬の重い雲が晴れて青空が広がるラストの美しさもカラーならでは。
しかし、今回のキモはモノクロのCROQUI'Sのほう。これがすごくいい。
大石まさるは凡庸なところもダメなところもいっぱいある作家さんで、大石まさるが好きな人は、そういうあか抜けないというか若さバンザイみたいなイケナイところも全部ひっくるめて好きなんだと思うんだけど(こういう立ち位置は、危険がウォーキングの頃の星里もちるに似ていなくもない)、このお話はまさしく若さバンザイというか青春空回りというか、そういうのが良い方向にがちっとはまったお話。
ストーリーは、活発で天真爛漫な未来と、静かで生真面目な蒔絵、顔の造作以外まったく似ていない双子をめぐって展開します。クラスメイトに憧れる妹の蒔絵に、応援すると安請け合いしてしまう姉の未来。しかし、彼が想いを伝えたのは、いままで恋や将来のことなんて真面目に考えたことのない未来の方でした。妹に事実を打ち明けられずに悶々とした結果、未来が取った行動とは……?
これはねえ、そこに至るまでの経過も決まってるけど、「一人はいいな 一人はいいな」からの流れが最高にいいと思うんですよ。リズミカルでテンポが良くて。
日常で悶々とする出来事があって、考えても考えてもどうにもならなくて、もう逃げちゃいたい、って考えになるのは、べつに青少年だけの特権じゃなくて、じつは悲しいかな、大人になってもふつーに発生するんですけど、自意識だけは過剰に発達したわりに、知識も経験も力もお金もなーんも足りなかった十代後半に感じるモヤモヤ感は、やっぱり格別のものがあったと思う。
だからといって、じゃあ全部放り出して逃げちゃおう! っていうアクションを実際に実行できる人がどれだけいるか、ということになると、これはなかなかできないよね。大人は社会的に責任が云々の話じゃなくて、子供だって子供なりに難しい。
でも──だからこそ漫画だし、だからこそ彼女はお話のヒロイン足り得るのだけど──CROQUI'Sの未来ちゃんはそれを実行する。この種類のキャラクターは、一歩間違えると、「盗んだバイクで走り出す」タイプに堕してしまう危うさも持っているはずだけど、この話では、彼女のキャラクターが無邪気を通り越して奇人の域に到達しているのと、彼女の持つ反社会性が、あらかじめ芸術という無害な方向に向けられているのがうまいところ。お話はあくまでもユーモラスに進行し、水惑星年代記というテーマに絡めながら、見事にすべてを棚上げしたモラトリアムな地点へと着地するわけです。えーと、厳密には、場所が場所だけに、着地はしないんですけど。
悩みからの逃避が、日常からの解放、そして新しい世界との出会いとして、明るく描かれ得るのも、「なんでも一人で出来る」のが素晴らしいことであると未来が思いこんでいるのも、彼女の年頃ならではなんだと思う。(余談だけど、この「なんでも一人で出来る = 自立」という思考パターンも、なんとなく星里もちるっぽい)
あと、この話でいいのは、光と陰翳の描きかたですね。冬の暗い室内と、(たぶん雪で反射して)いっそう眩しく光る室外のコントラストの表現がとてもいい。
大石まさるの画法はよくあたたかみがあると表現されて、たしかにそう表現するしかないところもあるんだけど、水惑星年代記のこの描きかたに関して言えば、それだけじゃない感じがする。この描きかたはもっとコワイものというか、鋭いものも内包しているんじゃないだろうか。あくまで内包しているだけで、大石まさるがそういう方向性を意識的に追求しているのかどうかはよく分からないけど、可能性としては、もっと鋭いなにかに通じる力を、潜在的に持っているような気がします。
水惑星年代記は現在、YOUNGKING OURSで連載中。単行本2巻が既刊です。
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