監督大地丙太郎で制作はアートランド。淡い色使いの比較的シンプルな画面づくり。ヒロイン役のささきのぞみの声がちまちました感じで可愛らしいです。
お話はオーソドックスな恋愛もの? 男の子の口から「殺す」という物騒なタームが出てきたので、これが伏線になってるのかなーと思っていたら、わりと早い段階でばらしちゃうみたい。この男の子の心の傷と再生が主軸になるんじゃろか。あとは、あの眼鏡の子は一回大喧嘩したのちに主人公の親友になるポジションに違いないとか、名前を間違えられた子はきっとそのうち関係がこじれて主人公の敵役に! とか、いろいろ妄想したり。(少女漫画的なトラウマイベントを警戒しすぎとも言う)
あにかん:『僕等がいた』#2
(2006年7月13日)- この子は毎日髪型を変えてるんじゃろか
- タコのやりとりがあったからあの髪型なんだろうなあ
- たまに大地丙太郎流手抜きピクチャーが
誰が誰を好きで誰と切れたり誰とくっついたりといったオーソドックスな少女漫画なのかなー、という印象。矢野はほかの生徒とものの考え方が違うだけで、実際はごく普通の男の子なのでしょうけど、それがスーパーマンみたいに見えてしまう、という同年代の女の子の感覚はなんだか分かる気がします。学生時代ってそんなもんかもしれない。
あにかん:『僕等がいた』#3
(2006年7月21日)あにかん:『僕等がいた』#5
(2006年8月6日)会話の途中だったはずなのに溶けたように消えてしまうサブキャラ女子さんたち。ああ、ふたりの世界なんだなあ、ほかの人たちはどうでもいいんだなあ、と思いながら見ていたら、「私たちもいた!」というミニコーナーが出てきてちょっと笑いました。
あにかん:『僕等がいた』#6
(2006年8月11日)ほんともうどいつもこいつもセックスセックスセックス! セックスのことしか頭にないのかお前らは、と登場人物ひとりひとりにじゅんじゅん説教するほどの熱意もいまさら無いので力無く微笑みながら画面を見守っていたわけですが、つまりこれは死とセックスの要素を尖らせることで差異化を図った少女漫画という認識でよろしゅうございましょうか。主役ふたりの仲が安定したところで関係を掻き乱すキャラクターが投入される、という、常道と言えば常道な展開です。
- いきなりポエム劇場が始まってどういうことかと思いきや
- 指輪の「かわいい」の基準がよく分からない
- ああ、過去バナだったのか、とマフラーの色を見て気がついた
- 眼鏡の女の子がところどころ不細工なのは演出なのかクオリティ不足なのかどっちなんだろう
あにかん:『僕等がいた』#7
(2006年8月19日)彼氏の友人と一緒にいるところを目撃されるシチュエーションなのかと思いきや違うと思いきややっぱりそういうシチュエーションだったりする回。「愛が欲しい」がセックス要求だったり、嘘をつくなと要求しておいて自分は嘘をつく矢野くんは矢野くんで元カノに負けず劣らずのバカ男なんじゃないかなーとか思ったりもするわけですが。しかし眼鏡さんとの関係が気になって彼を自宅に招いてしまう七美さんも恐い女性ではあるわけで、そういう意味ではお似合いのカップルなのかもしれません。
ED曲が今回から変わりました。しかしこの曲はあまりにも昔のB級アイドルっぽすぎると思うんですが。
あにかん:『僕等がいた』#9・10・11
(2006年9月18日)9話はセックス話。痛さの画面表現や、「頭すら入っていない」のあたりがわりかし面白いです。後半CM明け冒頭のサブキャラたちの顔を見て、なぜかギャグマンガ日和を思い出したり。シチュエーションにこだわってお金を貯めて、で先送りにするのが巧いなあ。(漫画的に)
10話は「切れた……」→「私もキレた」の流れが面白い。11話の眼鏡さんは10話のあれでキレちゃったがゆえの行動なんですかね。「信じて裏切られたことある?」の場面は今まさにお前裏切ってね? と思いつつ観ていたのですけど、11話の矢野くんの台詞を聞いて多少なるほどと思わなくもなかったり。やっぱり詭弁のような気もするけど。11話は「一生後悔するぞ」「後悔はしない〜」のやり取りのリフレインが効果的でかっこよろしいです。
展開自体にすごく突飛なところはなくて、大筋では読者の予想通りに進展しているものの、陳腐な感じが出ないようにうまいこと避けているのが面白いです。七美が怒って帰ってゆく姿を竹内君が目撃しているのに、次の展開が竹内君と七美のツーショットではなく男ふたりの絡みになって、読者の想像に先手が打たれてしまうところとか。絵の描きかただと、目の光の入れかたも、単純だけど魅力的だと思う。
EDは2つの曲を1話ごとに切り替えてるんですね。なんでこんなことしてるんじゃろ。
